星取掲示板

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明治45年春の四海波 - しろしたかれい URL

2019/09/04 (Wed) 00:02:51

スレッドは流れてしまいましたが以前この掲示板で話題になった明治45年春の八陣改め四海波ですが、取組順を検証してみました。

四日目中入前
土州山 東前頭2 浪ノ音 西前頭8
緑 嶋 東前頭3 四海波 西番付外
玉 椿 東関脇 大ノ川 西前頭6
五日目中入後
緑 嶋 東前頭3 西ノ海 西張大関
國見山 東大関 四海波 西番付外
土州山 東前頭2 常陸山 西横綱
六日目中入後
黒瀬川 東前頭4 小常陸 西前頭2
玉 椿 東関脇 四海波 西番付外
梅ケ谷 東張横綱 相 生 西関脇
七日目中入後
伊勢濱 東前頭1 龍ケ崎 西前頭1
 鳳  東小結 四海波 西番付外
國見山 東大関 駒ケ嶽 西大関
八日目中入前
緑 嶋 東前頭3 浪ノ音 西前頭8
土州山 東前頭2 四海波 西番付外
大蛇潟 東前頭10 龍ケ崎 西前頭1
九日目中入後
土州山 東前頭2 千年川 西前頭3
玉手山 東前頭7 四海波 西番付外
 鳳  東小結 綾 浪 西前頭4
千秋楽中入後
有 明 東前頭6 小常陸 西前頭2
伊勢濱 東前頭1 四海波 西番付外
土州山 東前頭2 西ノ海 西張大関

四海波の地位検証に使えるのは四日目と九日目ですが前頭1格(竜ケ崎よりは下)とみるのが矛盾がないようです。
大阪では移籍直前の明治44年春まで関脇ですし明治43年夏は優勝同点ですから、放駒改め相生のように三役格とはいかずともそれに準ずる扱いは受けていたようです。

東西連盟大相撲 - やまびこ勘太郎

2019/07/13 (Sat) 21:39:45

大正14年11月の東西連盟大相撲第1回前半星取表で、
東京方西前頭17枚目綾錦は、成績が「7勝3敗」
とありますが、白星が8個あります。
どうやら、2日目の片ノ濱戦が黒星になるようです。

また、東前頭9真砂石の7日目の相手が綾鬼になって
いますが、正しくは綾錦のようです。

Re: 東西連盟大相撲 gans@作成者

2019/07/18 (Thu) 20:44:01

ありがとうございます(・ω・)ノ
当時の新聞や雑誌を調べて、全体的に見直ししたいところです。
できれば十両も含めて作りたいところですが・・
修正しばらく時間を下さい・・

根拠は…? 相撲史研究者・田中健

2017/10/25 (Wed) 08:56:17

 天保六(1835)年春場所、元大関緋縅が
「張出」(関脇格)となっていますが、相撲
博物館や西尾市岩瀬文庫に所蔵されている
番附には何れも西方欄外に緋縅の名はあり
ません。
 “改訂”版番附が発行されたとする根拠を
お教えください。

Re: - gans@作成者

2017/10/26 (Thu) 21:36:36

参考資料は「大相撲人物大事典」(2001年BBM社)です。
番付資料p.546 張出に緋縅とあり、注釈として
「緋縅は西関脇格。緋縅欠の番付もある」とのことです。
実際の番付は確認しておりません。

Re: 根拠は…? 相撲史研究者・田中健

2017/10/29 (Sun) 08:43:03

 昭和30初の吉葉山、同春の鏡里を「横綱大関」
とミスした『大相撲人物大事典』を100%信頼
できるでしょうか…。全番附を確認された〔?〕
HP相撲評論家之頁にも「緋縅西関脇格番附外出
場」とあります。それに『相撲起顯』の番附も
緋縅が欄外に載っていません。

Re: - gans@作成者

2017/12/25 (Mon) 02:04:44

そういう番付もあると書かれている以上は無視もできず、
存在しないことの証明というのは大変難しいと思いますが
何とも判断しにくいので、これについては保留とさせて下さい。

Re: 根拠は…? - しろしたかれい

2018/06/04 (Mon) 19:05:19

現在発売中の大相撲中継夏場所決算号の104ページに緋縅が張り出しの天保6年正月の番付が載ってます。

Re: - gans@作成者

2018/06/13 (Wed) 01:22:56

あったんですね!緋縅の載っている番付が。
良かったです。教えて頂いてありがとうございます。

Re: 根拠は…? 相撲史研究者・田中 健

2019/06/09 (Sun) 14:13:31

 相撲博物館その他に所蔵されてないばかりか、
『相撲起顯』にも不掲載の番附は、“非公式”の
ものと愚考。
 H藩関係者の“圧力”で極めて少部数発行された
と大胆に推察したいと思います。

Re: 根拠は…? - 鵬鵬

2019/06/22 (Sat) 21:28:13

番付が実在する以上、「張出」(関脇格)の記述はそのまま残すべきだと思います。推察はどこまで行っても推察に過ぎません。

横綱2連続不戦敗は不自然 相撲史研究者・田中 健

2019/04/27 (Sat) 08:35:09

 昭和二年十月〔於京都〕場所、十日目の
宮城山─白岩は、横綱の「不戦敗」に非ず、
両力士とも「や」が正しい。東方の得点83
と、白岩の不戦勝を算入すれば、符合しま
せん。
 下位力士なら兎も角、横綱の2日連続不戦敗は
不自然ではないでしょうか…。

Re: 横綱2連続不戦敗は不自然 - 田口茂

2019/05/17 (Fri) 18:59:25

同感です。
西方の得点の中に不戦勝が含まれているのは星甲、常ノ花だけです。白岩は含まれていません。
宮城山と白岩、両者とも「や」が正解。

その根拠として
昭和37年の「大相撲」誌に掲載された記事を紹介します。
著者清水健児氏

『当時不戦勝制度は必ずしも10日目、11日目の全取組に適用したわけではなく、
1、団体戦として東西幕内優勝争いに、とくに影響ある場合
2、個人優勝者の決定に関係ある場合に限り適用されたもので、昭和3年1月までに不戦勝を適用された取り組みは、次の3番。

昭和2年10月11日目 星甲ー外ケ浜、常ノ花ー宮城山
昭和3年1月10日目 常陸岩ー西ノ海

上記の常陸岩の不戦勝が大きな社会問題になり、三杉磯との間に優勝争いの紛糾が生じたため、次の3年3月場所以後、11日間を通じ十両幕下全員にも不戦勝を適用し、かつ不戦勝力士は土俵上で行司から勝つ名乗りを受けるようになった。中略
なお、星取表に不戦勝、不戦敗として◻︎、▪️の符号を採用したのは私が初めて「昭和相撲大観」に用いたものである。』

昭和50年、相撲協会監修の「近世日本相撲史」が発行され、昭和2年10月の宮城山の10日目、11日目は連続不戦敗となっている。10日目も不戦勝が採用されたというのが、この本の主張。
以降、この主張が、公式見解となったのかはわかりませんが、その後出た単行本、雑誌、書籍も全部それにならっている。このサイトも相撲レファレンスも。

Re: 横綱2連続不戦敗は不自然 - 田口茂

2019/05/17 (Fri) 23:02:18

訂正

東方得点83、西方得点91。勝ち星合計。この数字は協会発表で、当時の新聞紙上に掲載されました
東方得点83 の中には常ノ花の不戦勝が含まれている。
白岩の不戦勝は含まれていない。
西方得点91の中には星甲の不戦勝が含まれている。

従って10日目の宮城山ー白岩は、両力士とも「や」である。優勝とは関係ない一番。

問題は千秋楽の常ノ花ー宮城山。宮城山が休むとわかっているのに、何で割返しをしなかったのか。10日目から千秋楽まで3日目間雨で順延した。いくらでも割返しの時間があったはず。
常ノ花の千秋楽は不戦勝で、この場所10勝1敗で優勝。(この時代は上位優勝)
貧乏くじを引いたのは西大関の能代潟。急に出来た不戦勝制度のお陰で、10勝1敗を上げながら次点に終わる。

Re: 横綱2連続不戦敗は不自然 - 岩渕剛

2019/05/22 (Wed) 11:09:44

割り返しのことは、逆に順延が続いたから、再出場を考えていたのかもしれません。1956年9月の若ノ花は、13日目不戦敗、14日目休場で、千秋楽に再出場を期して割をくんでもらったけれど、結局出場できずに不戦敗、という例がありますので、宮城山も同様のことを考えていたという可能性もあります。

文政七年春場所 - しろしたかれい URL

2019/02/05 (Tue) 11:15:07

当場所の八日目ですが東前7璞と西二4鑛がともに熊ヶ嶽と対戦したようになっています。
相撲起顕には鑛-熊ヶ嶽しかなく熊ヶ嶽は東二14ですので璞は間違いと思われます。

Re: gans@作成者

2019/02/06 (Wed) 00:12:21

しろした様ありがとうございます!
あらたま・・・あらがね・・・ともに漢字一文字で、
混同があったかも知れません。
修正いたしました(・ω・)ノ

戦前の幕下上位 - HOLY

2018/11/06 (Tue) 19:19:41

はじめまして。
ものすごい情報量でいつも感心しながら拝見しております。

戦前の幕下上位でいくつか間違いを見つけました。

昭和12年夏場所
西下2 ×秋田山 ○秋田嶽
西下5 ×一ノ海 ○一渡

昭和14年春場所
西下10 千雄山(星取表から省略されているので廃業?)
※五戸錦以下、1枚ずつ下がります。

昭和15年夏場所
鏡川 ×西下12 ○欄外
※常錦以下、1枚ずつ上がります。
西下15 駒ノ峰 ○や●や○●や●やや○や○や● 4-4

ご参考にして頂ければと思います。

Re: 戦前の幕下上位 - 紅葉橋律乃介 URL

2018/11/11 (Sun) 18:36:59

他の場所も調べてみました。番附には載っていて、星取表には載っていない(全休か廃業?)例です。
------------------
昭和2年1月
東下3の若木戸が抜けている(高浪以下1枚繰り下げ=雷ケ梅が15枚目)。しこ名に疑問はありませんが、「?」が付いているのはなぜ?

昭和4年1月
東下3花甲・東下4小金山が抜けている(能登ノ海以下2枚繰り下げ=源武山が15枚目)。

昭和7年5月
東下6駒ケ谷・東下7佐田岬・西下3能登錦が抜けている(東は昇天龍以下2枚繰り下げ=甲州嶽が15枚目、西は大筑志以下1枚繰り下げ=八幡錦が15枚目)。

昭和9年1月
東下6可愛嶽・東下13愛ノ花が抜けている(豊泉が15枚目)。星取表に「幕下 可愛嶽、愛の花は全休に依り除く」との記載あり。
------------------

Re: 戦前の幕下上位 しろしたかれい

2018/11/12 (Mon) 01:11:20

昭和7年5月の駒ケ谷・佐田岬は革新力士団に加入しましたがすぐに復帰して三段目格で取っています。

駒ケ谷
昭和7年5月 やややや○●●○●●○
昭和7年10月 ●○○●○○●○や○○
佐田岬
昭和7年5月 全休
昭和7年10月 や○○○●○○●○●○

Re: gans@作成者

2018/11/14 (Wed) 23:12:20

ありがとうございます(・ω・)ノ
しばらく時間的な余裕がとれないので、
場所が終わったら確認して修正したいと思います。

Re: gans@作成者

2019/01/04 (Fri) 02:03:42

ようやく直せました!
HOLY様、紅葉橋様、しろした様、たくさんの情報をありがとうございます。作業が遅れて申し訳ありません。
この機に、番付とすり合わせて星取表に欠けていた部分を修正しました。昭和5年春、小金山を西幕下4にしておりましたが番付外のようですので、こちらもあわせて直しました。
昭和7年夏の駒ヶ谷と佐田岬は三段目格でしたか。幕下上位なのに・・・
三段目の星取表までは入手していなかったので、星取を教えて頂いて大変助かりました。
重ねてお礼申し上げます。
2019年も弊サイトをどうぞ宜しくお願いいたします。(・ω・)ノ

寛政 - しろしたかれい URL

2018/11/24 (Sat) 16:47:31

寛政四年春七日目、西幕下9黒雲と対戦している柏羽ですが相撲博物館所蔵の勝負早見では相引となっているとのことで誤読の可能性が高いようです。
寛政五年春初日東幕下5玉ノ井に西幕下3鳴滝は両者白星となっていますが相撲博物館所蔵の勝負早見では鳴滝勝ちとなっているそうです。ただこの場所の勝負早見は後世の写しの可能性が高いそうですが。
あと西幕下9阿曾嶽の三日目高根山は改名前なので岩ケ根ですね。

Re: - gans@作成者

2018/12/11 (Tue) 18:09:58

返信が滞りすみません(;・ω・)
時間を見て修正します。情報ありがとうございます!

Re: gans@作成者

2019/01/04 (Fri) 01:54:33

すみません。情報ありがとうございました。
おかげ様で、ようやく直せました!

江戸響博昭について - やまびこ勘太郎

2018/12/16 (Sun) 20:15:00

ずっと気になっていながらなかなか確認できないことがあります。
昭和43年名古屋場所に新十両となった江戸響は、44年名古屋場所、東十両筆頭に進み初日から3連勝したものの翌日から休場して新入幕のチャンスを逃し、結局入幕できませんでした。当時は幕内の番付枚数が少なかったこともあり、昭和以降で最も幕内に近かった十両力士とも言えそうです。
この休場のときの傷病は右膝関節捻挫ということだったようですが(以前にあったウェブサイト「大相撲記録の玉手箱」より)、膝を痛めたのがいつだったのかわかりますか?3日目の若ノ國戦で痛めたのか、それとも違う原因だったのかを知りたいのです。
近くの図書館ではこの当時の雑誌がなく、なかなか確認できません。どなたかご存知の方がいらしたらご教示願います。

Re: 江戸響博昭について - 田口茂

2018/12/20 (Thu) 10:46:56

読売大相撲、昭和44年8月号81ページによると、江戸響は3日目若ノ国に下手投げを打ったとき、右膝を捻挫したとあります。
4日目から江戸響は休場しましたが、きしくもこの日は横綱柏戸が引退して休場した日でもあります。

幕下生活が記録的に長かった江戸響。3日目まで勝ちっ放し「今度こそ」と張り切っていた矢先の不運でした。

Re: 江戸響博昭について - やまびこ勘太郎

2018/12/20 (Thu) 21:44:17

田口茂様
ありがとうございます。おかげでこれまでひっかかっていたものがようやく晴れました。おそらく若ノ国戦で負傷したのだろうと思っていましたが、やはりそうでしたか。この場所は初日から3連勝だっただけに、返す返すも残念ですね。

大相撲星取表という書籍 - 星取表好き

2018/11/03 (Sat) 22:00:40

サイトで見たけど大相撲星取表(來須禮一郎)という書籍って幕内力士のみの星取表ですか?内容は知らない。

Re: 大相撲星取表という書籍 - しろしたかれい

2018/11/03 (Sat) 23:54:00

個人で自費出版されたものですね。紹介画像を見る限り幕内のみのようです。

Re: gans@作成者

2018/11/04 (Sun) 08:20:20

弊サイトと似た構造の、こういう本があったんですね(;・ω・)
今まで存在を全く知らなかったので驚きました。
平成8~9年の出版なら、弊サイトより5年くらい古いです。
自費出版でなく全国書店に出回っている書籍でこれがあったなら、弊サイトは立ち上げなかったかも知れません。

Re: 大相撲星取表という書籍 - 鵬鵬

2018/11/13 (Tue) 17:54:34

画像はどこのサイトで見られますか?

Re: Re: 大相撲星取表という書籍 - 星取表好き

2018/11/13 (Tue) 22:07:24

ヤフオクというサイトで見つけた

偽番付 - 星取表好き

2018/10/23 (Tue) 23:43:05

江戸時代、偽番付が多いらしい。なぜ偽番付を作った?教えてください。

Re: 偽番付 相撲史研究者・田中 健

2018/10/25 (Thu) 08:54:41

 “建碑狂”と揶揄された元横綱陣幕久五郎が
主に資金あつめのため、「江戸最古」の番附
など贋作を数種こしらえたものと思います。

Re: 偽番付 - 星取表好き

2018/10/25 (Thu) 12:30:01

星取表作成者は番付を区別するのが大変だよね?


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